大阪府大阪市の写真 大阪市公式ホームページ:https://www.city.osaka.lg.jp/ |
大阪市中央区 | ▼ 大阪市天王寺区 ▼ |
大阪市中央区大阪城/大坂城 地図 Trail-20230617 |
●城址碑。豊臣大坂城(豊臣秀吉築)の石垣と堀を破却して盛り土し徳川大坂城(徳川秀忠築)が築かれた。 マップ |
●外堀の大手土橋から大坂城正面入口となる大手門の眺め。大手門の左に塀続きに多聞櫓と千貫櫓がある。 |
●大手門を入ると枡形広場になる。広場を多聞櫓(写真左)、渡櫓(写真の門上)、続櫓で囲み防御ラインになっている。 |
●渡櫓の門を入ると千貫櫓がある。大手門に攻め来る敵を側面攻撃するためのもの。 解説板 |
●六番櫓。南外堀を向いて一番櫓から七番櫓が並んでいたが現存はこれと一番櫓のみ。 解説板 |
●本丸(左)と二の丸(右)を結ぶ桜門土橋の眺め。この南内堀は水脈に達せず豊臣大坂城時代から空堀となっている。 |
●本丸入口の桜門。門両脇の巨石は龍虎石と呼ばれている。桜門は明治再建だが重要文化財に指定されている。 |
●桜門を入った枡形広場にある巨石・蛸石(厚さ40cm)。広場を囲んで石の上にあった櫓は明治に焼失した。 解説板 |
●本丸日本庭園から逆さ天守閣。この庭園は天守閣復興の際に併せて作庭されたもので遠近感が絶妙。 撮影地 |
●なまこ壁が特徴の金蔵。往時は800億円相当の公用金が保管されていたらしい。 |
●本丸から天守閣南面。豊臣大坂城天守閣は連結式望楼型5重6階で1585年竣工、1615年に落城して焼失した。 |
●天守閣南西角。徳川大坂城天守閣は独立式層塔型5重5階で1626年竣工、1665年の落雷で焼失した。 |
●天守閣北西角。市民の寄付金によって徳川大坂城の天守台石垣の上に復興天守閣が建てられた。 |
●極楽橋越しに天守閣北面。復興天守閣は独立式層塔型5重8階の鉄筋コンクリート造で1931年竣工した。 解説板 |
●内堀越しに天守閣北面。外観は下から4層は徳川時代風とし5層目は豊臣時代風で黒壁に金箔虎が描かれている。 |
●京口橋近くにある焔硝蔵。出入口に見える石壁の厚み(2.4m)で囲まれている。 解説板 |
●西外堀越しに西の丸石垣と乾櫓。大坂城は石垣の高さと幅広の堀が特徴で本丸東石垣は日本一の高さ32mある。 |
●城内西の丸側から乾櫓の眺め。このエリアは西の丸庭園内にあり入場料が必要で動線も悪い。 解説板 |
●西の丸庭園から天守閣西面。左奥にホテルニューオータニ大阪やキャッスルタワー等の高層ビル群が見える。 |
●二ノ丸南石垣の東端にある一番櫓。 解説板 |
●二ノ丸にある豊国神社。豊臣秀吉、豊臣秀頼(秀吉の三男)、豊臣秀長(秀吉の異父弟)が祀られている。 解説板 |
▲ 大阪市中央区 ▲ | 大阪市天王寺区 | ▼ page end ▼ |
大阪市天王寺区四天王寺/荒陵山四天王寺(和宗) 地図 Trail-20190422 |
●飛鳥時代初期、聖徳太子が創建。手前から南大門、仁王門、五重塔。 境内図 |
●境内の西端にある石鳥居(重文)。西の海に沈む夕陽を拝する聖地であり極楽浄土の入口に通じるとされた。 |
●石鳥居を入った先にある西大門(極楽門)。昭和37年、松下幸之助氏の寄贈により再建された。 |
●礼讃堂(重文)。昼夜6回礼讃されるので六時堂と呼ばれる。手前の石舞台(重文)は日本三舞台の一つに数えられる。 |
●南北に仁王門、五重塔、金堂、講堂が並び回廊で囲む形式の中心伽藍。昭和38年、鉄筋コンクリートで再建された。 |
▲ 大阪市天王寺区 ▲ | page end |