大分県臼杵市の写真 臼杵市公式ホームページ:https://www.city.usuki.oita.jp/ |
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臼杵 うすき 地図 |
臼杵市臼杵 | ▼ page end ▼ |
臼杵市臼杵/臼杵城うすき城 地図 Trail-20241201 |
●小石が積まれた二之丸腰曲輪石垣。城下町に面しているので、美観のために築かれたとの説。右上に時報楼。 |
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●二之丸大手の堀に架かる古橋(江戸中期)。周囲の海が天然の要害になっていた。 |
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●古橋を渡ると枡形があり、岩盤を削った曲がり道を抜けると登城路の鐙(あぶみ)坂になる。 |
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●畳櫓(現存)。重箱造りと呼ぶ古式の建物で、現代風に言うと総二階になり現存は全国4棟。後方石垣は井楼櫓台。 |
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●鐙坂の北側にある時鐘櫓台。近年に時報楼が整備され、鐘(元禄時代)が往時の音色で時を告げている。 |
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●二之丸大手門の大門櫓(2001年木造復元)。大友氏滅亡後、入部した福原氏と太田氏により近世城郭化が行われた。 |
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●横から大門櫓。福原氏、太田氏は関ヶ原役で西軍に付き改易され、代わって入部した稲場氏が明治まで15代続いた。 |
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●井楼櫓台から城下の眺め。太田氏は砂州を埋め立てて三之丸を造り、干潟を干拓して城下町を形成、発展させた。 |
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●着見櫓台の石垣。稲葉氏も帯曲輪や今橋口を整備して守りを固める等の修築を行った。 |
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●会所櫓台。明治に天守閣や大部分の建物が破却され、周囲の海も埋め立てられた。主郭部が臼杵公園になっている。 |
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●二之丸(手前)と本丸(奥)を分ける空堀。左の土橋から鉄門枡形を通り、本丸に至る。 |
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●本丸から鉄門枡形石垣の眺め。この区画は高い格式が求められたそうで、大きな石が使われている。 |
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●3重4階の天守閣があった天守台。臼杵城内に残る唯一の16世紀の石垣だが、近年に上部4m程が削り取られた。 |
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●二之丸の臼杵護国神社。明治創建されたもので、歴代藩主と近世戦没者が合祀されている。後方は御殿跡の池。 |
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