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静岡県伊豆の国市の写真
伊豆の国市公式ホームページ:https://www.city.izunokuni.shizuoka.jp/
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伊豆の国市中 ▼ 伊豆の国市韮山 ▼
 伊豆の国市中/韮山反射炉にらやま反射炉 地図Trail-20260114
●鉄製大砲鋳造用として幕末に建設されたもので、国内で唯一現存している。
伊豆の国市中/韮山反射炉


●江川英龍像。ペリー来航に端を発して、幕府は江川(江戸湾海防の実務責任者)に鉄製大砲製造を命じた。
伊豆の国市中/韮山反射炉


●反射炉詩碑(昭和再建)。江川の友人だった藤田東湖が反射炉の建設現場を訪れ、称賛してこの漢詩を詠んだ。
伊豆の国市中/韮山反射炉


●反射炉は3年の歳月をかけて息子・英敏の代に完成(1857年)した。連双式2基を直角に配置した構成になっている。
伊豆の国市中/韮山反射炉


●反射炉の内部構造イラスト。燃料の不純物(硫黄やリン)が、溶けた鉄に混ざらないので良質な鉄が得られる。
伊豆の国市中/韮山反射炉


●炉下段部正面の風入口、灰穴。 ★解説板
伊豆の国市中/韮山反射炉


●炉中段部側面の投入口。 ★解説板
伊豆の国市中/韮山反射炉


●左の穴から燃料、右の大きい穴から原材料の鋳物鉄を投入した。
伊豆の国市中/韮山反射炉


●灰穴から見上げた反射炉内部。手前で燃料を燃やすと、その熱はドーム状の天井で反射し、奥の原材料を溶かす。
伊豆の国市中/韮山反射炉


●炉中段部後方に出湯口が4つ。手前の四角部分(鋳台)に大砲や砲弾の鋳型を埋設し、溶鉄を流し込む。 ★解説板
伊豆の国市中/韮山反射炉


●かつては敷地内に機械加工工場があり、鋳造した砲身の穴開け加工をしていた。 ★古地図
伊豆の国市中/韮山反射炉


●古川の流れで水車を回して動力源とし、大砲錐揉機で砲身を回転させて加工した。鋳造するより困難だったらしい。
伊豆の国市中/韮山反射炉


●展示されている鋳鉄製24ポンドカノン砲(復元)。役割を終える1864年迄に各種数十門製造された。 ★製造明細
伊豆の国市中/韮山反射炉


●反射炉碑。大正時代に建立された顕彰碑で、江川英龍の功績が刻まれている。
伊豆の国市中/韮山反射炉




▲ 伊豆の国市中 ▲ 伊豆の国市韮山 ▼ 伊豆の国市四日町 ▼
 伊豆の国市韮山/江川邸地図Trail-20260114
●江川邸(重文)の門前から表の眺め。江戸期は右の更地部分に韮山代官所が置かれていた。
伊豆の国市韮山/江川邸


●正門(東門)。1151年頃、江川家(大和源氏一族)は朝廷の政争に巻き込まれ、大和国から伊豆国韮山へと下った。
伊豆の国市韮山/江川邸


●主屋玄関。同じ時期に源頼朝が同地へ配流されてくると、江川家は彼の再起を支え続けた。 ★間取り
伊豆の国市韮山/江川邸


●主屋裏側。江川家は関東の覇者・北条氏へ仕官し、伊豆の有力な名主として成長した。
伊豆の国市韮山/江川邸


●主屋勝手口。1590年頃、北条氏滅亡後は徳川家康の家臣になり、地域への影響力を高く評価されて代官に任命された。
伊豆の国市韮山/江川邸


●以降、江川家は幕末に至るまで、伊豆韮山代官を世襲した。江川英龍(坦庵、1801年-1855年)は36代目当主になる。
伊豆の国市韮山/江川邸


●私塾(韮山塾)。1842年頃から、坦庵は全国数千人の門下生に西洋砲術、測量術、蘭学などを講義した。
伊豆の国市韮山/江川邸


●台所。1853年、黒船来航に驚いた幕府は、品川台場の建設と大砲設置を勘定吟味役の坦庵に命じた。
伊豆の国市韮山/江川邸


●土間。1854年、坦庵は大砲製造のための韮山反射炉建設に着工したが、過労がもとで1855年病没。
伊豆の国市韮山/江川邸


●土間のパン焼き窯。37代目当主となった息子・英敏は韮山反射炉の建設を引継ぎ、1857年に完成させた。 ★解説板
伊豆の国市韮山/江川邸


●裏庭に蔵3棟。天保の大飢饉(1830年代)では、飢えに苦しむ領民へ代官所の備蓄米を放出した。
伊豆の国市韮山/江川邸


●裏庭の井戸。戦国時代から江戸初期にかけて、この井戸水で江川酒が醸造されていた。 ★解説板
伊豆の国市韮山/江川邸


●裏庭にあるパン祖の碑。領民は坦庵のことを「世直し江川大明神」と呼んで敬愛した。 ★解説板
伊豆の国市韮山/江川邸


●裏門。門下生曰く、慈悲深いお父様(桂小五郎)、天下第一の人物(佐久間象山)、これほど無欲な人はいない(勝海舟)。
伊豆の国市韮山/江川邸




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 伊豆の国市四日町/蛭ヶ小島ひるがこじま 地図Trail-20260114
●1159年、源氏と平氏との間で平治の乱が勃発。源義朝(38歳)は破れ、勝った平清盛は朝廷の軍事力を掌握した。
伊豆の国市四日町/蛭ヶ小島


●源義朝の三男・頼朝(14歳)は捕まり、伊豆へ配流された。流人生活を送った地が蛭ヶ島公園として整備されている。
伊豆の国市四日町/蛭ヶ小島


●狩野川の小さい島洲だったことから、蛭ヶ小島と呼ばれるようになったとの説。建物は蛭ヶ島茶屋。
伊豆の国市四日町/蛭ヶ小島


●1177年、北条時政(頼朝の監視役)の娘・政子が、頼朝の身の回りの世話を担う中で恋が芽生えた。 ★解説板
伊豆の国市四日町/蛭ヶ小島


●1180年、源頼朝(34歳)は打倒平氏の旗を揚げ、北条氏らと共に挙兵した。
伊豆の国市四日町/蛭ヶ小島


●蛭島碑記。源頼朝を顕彰し、配流地を後世に伝えるため、江川英龍の家臣・飯田忠晶が建立(1840年)した。
伊豆の国市四日町/蛭ヶ小島


●富南秋山翁碑。秋山富南の功績(頼朝の配流地を特定)を称えるため、明治に建立された。
伊豆の国市四日町/蛭ヶ小島


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