| 神奈川県小田原市の写真 小田原市公式ホームページ:https://www.city.odawara.kanagawa.jp/ |
| 城内 じょうない 地図 |
| 小田原市城内 | ▼ page end ▼ |
| 小田原市城内/小田原城おだわら城 地図 Trail-20260114 |
| ●東堀に浮かぶ二之丸隅櫓(再建)。赤い学橋は昭和に架けられたもので、かつて城内にあった高校の通学路だった。 |
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| ●南堀越しに望む馬屋曲輪の石垣。手前の南東角には二重隅櫓があった。左の白い建物は現在の観光案内所。 |
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| ●馬出門土橋を渡り馬出門(復元)へ。戦国初期、2代北条氏綱が伊豆から小田原に拠点を移し、築城した。 ★マップ |
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| ●馬出門から馬出門枡形を経て右の内冠木門へ。北条時代の城は土塁が中心で、石垣や天守のない実戦的な造りだった。 |
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| ●内冠木門の先にある馬屋曲輪。ここには登城者が待機する「大腰掛」や、馬を繋いでおく「馬屋」があった。 |
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| ●馬屋跡の横に立つ観光案内所。昭和8年に図書館として建てられた洋風建築が、今も大切に使われている。 |
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| ●馬屋曲輪から、住吉橋を渡って内仕切門へ。4代氏政の時代、北条氏は関東一円を支配し、最大の版図を築き上げた。 |
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| ●内仕切門から銅門枡形へ。1590年、豊臣秀吉の小田原征伐により、5代氏直の代で北条氏の関東支配は終わった。 |
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| ●二之丸の正門・銅門(復元)。江戸初期、幕府の力を示すため、立派な石垣と三重四階の天守閣が築かれた。 |
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| ●銅門復元時に作られた土塀模型。竹を編み、土を重ねる江戸時代の伝統工法が、内部まで詳しく再現されている。 |
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| ●銅門の先にある二之丸御殿跡。藩の役所と藩主居館があったが、1703年の小田原大地震で倒壊した。 |
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| ●常盤木橋を渡り本丸の正門へ。江戸期は大久保氏が城主となり、明治まで10代185年間にわたり小田原を治めた。 |
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| ●本丸正門の常盤木門。大きく堅固な造りで、左側には渡櫓と多聞櫓が連なり、城内随一の格式を誇る。(全て再建) |
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| ●常盤木門を入ると本丸。ここにも将軍専用の御成御殿があったが、1703年の大地震で天守閣含め倒壊した。 |
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| ●天守は1706年に再建された。明治となり、財政的事情から大久保氏自ら廃城願を出し、解体・売却された。 |
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| ●1960年に鉄筋コンクリート造で再建された現在の天守。天守櫓に付櫓と渡櫓を合体した複合式層塔型3重4階。 |
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| ●天守閣最上階。天守七尊を安置するための祭壇が再現されている。 ★解説板 |
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| ●城下と相模湾の眺め。本丸の松は、かつて潮風から御殿を守る防風林としての実用的な役割もあった。 |
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| ●三之丸の外郭となる「新堀土塁」。豊臣秀吉との決戦に備え、城下町全体を囲うように5代氏直が築いた。 撮影地 |
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