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香川県仲多度郡の写真
仲多度郡琴平町公式ホームページ:https://www.town.kotohira.kagawa.jp/
仲多度郡多度津町公式ホームページ:https://www.town.tadotsu.kagawa.jp/
仲多度郡まんのう町公式ホームページ:https://www.town.manno.lg.jp/
琴平町 ことひらちょう
多度津町 たどつちょう
まんのう町 まんのうちょう


仲多度郡琴平町 ▼ 仲多度郡多度津町 ▼
 仲多度郡琴平町/金刀比羅宮ことひらぐう 地図Trail-20221105
●象頭山中腹に鎮座する神社で通称「こんぴらさん」。参道の長い石段が有名でここから1段目がスタートする。 撮影地
仲多度郡琴平町/金刀比羅宮


●113段目の一之坂鳥居と備前焼狛犬。創建年代不詳ながら平安時代には大物主神の琴平神社があったようだ。 撮影地
仲多度郡琴平町/金刀比羅宮


●大門前の鼓楼。往時は象頭山松尾寺金光院にある金毘羅大権現だったが明治の神仏分離で現在の単立神社になった。
仲多度郡琴平町/金刀比羅宮


●365段目の大門。金刀比羅宮の総門になり、これより先は境内になる。扁額は「琴平山」。 撮影地
仲多度郡琴平町/金刀比羅宮


●大門から150m程続く桜馬場と呼ばれる石畳の道。こんぴら参りは伊勢神宮へのお陰参りに次ぐ庶民の憧れだった。
仲多度郡琴平町/金刀比羅宮


●手水舎。全国各地にある金刀比羅神社、琴平神社、金比羅神社の総本宮になる。
仲多度郡琴平町/金刀比羅宮


●638段目の旭社(重文)。大物主神が海上交通の守護神ということで海事関係者の崇敬が篤い。 撮影地
仲多度郡琴平町/金刀比羅宮


●785段目の本宮。御祭神は大物主神と崇徳天皇。 撮影地
仲多度郡琴平町/金刀比羅宮


●本宮の並びにある三穂津姫社。御祭神は金刀比羅大神の妃神である三穂津姫命。 撮影地
仲多度郡琴平町/金刀比羅宮


●本宮から奥社までは石段583段、距離約1.2km。奥社にいたる参道に常磐神社、白峰神社、菅原神社がある。
仲多度郡琴平町/金刀比羅宮


●終点1,368段目の奥社・厳魂神社(いずたま神社)。御祭神は金刀比羅本教の教祖である厳魂彦命。 撮影地
仲多度郡琴平町/金刀比羅宮




▲ 仲多度郡琴平町 ▲ 仲多度郡多度津町 ▼ 仲多度郡まんのう町 ▼
 仲多度郡多度津町/屏風浦 経納山海岸寺かいがんじ 真言宗醍醐派 地図Trail-20221105
●四国八十八ヶ所霊場番外札所。仁王像の代わりに地元出身力士像が立っている。 解説板
仲多度郡多度津町/番外・屏風浦経納山海岸寺


●海岸寺は本坊と奥之院からなる。こちらの本坊は空海(33歳)が堂宇を建立し、聖観世音菩薩を安置して創建した。
仲多度郡多度津町/番外・屏風浦経納山海岸寺


●多度津町西白方は空海の母親である玉依御前の出身地になり、海岸寺が空海誕生地との見立てもある。
仲多度郡多度津町/番外・屏風浦経納山海岸寺


●本堂。ご本尊は聖観世音菩薩。
仲多度郡多度津町/番外・屏風浦経納山海岸寺


●300m程西にある奥之院。空海(42歳)は厄除のため自身の像を彫造し、堂宇を建立して奥之院を創建した。 撮影地
仲多度郡多度津町/番外・屏風浦経納山海岸寺


●江戸後期、当寺と善通寺で空海誕生地争いになり「海岸寺は弘法大師出化初因縁の霊跡と称する」との裁決を受けた。
仲多度郡多度津町/番外・屏風浦経納山海岸寺


●奥之院大師堂。ご本尊は弘法大師誕生仏。両脇に両親の像も安置されている。
仲多度郡多度津町/番外・屏風浦経納山海岸寺


●禅定姿の弘法大師像。
仲多度郡多度津町/番外・屏風浦経納山海岸寺


●経納山という丘にある二重の塔(昭和建立)。空海幼少期に法華経を一字一石写経してその石を納めた山との伝。
仲多度郡多度津町/番外・屏風浦経納山海岸寺




 仲多度郡多度津町/桑多山道隆寺どうりゅうじ 真言宗醍醐派 地図Trail-20221105
●四国八十八ヶ所霊場第77番札所。奈良時代、この地方の領主・和気道隆が草堂を建てたのが寺の初め。
仲多度郡多度津町/第77番・桑多山道隆寺


●唐から帰朝した空海(33歳)は薬師如来像を彫造し本尊とした。
仲多度郡多度津町/第77番・桑多山道隆寺


●この一帯は広大な桑園だったことから山号・桑多山の由来になっている。
仲多度郡多度津町/第77番・桑多山道隆寺


●本堂。ご本尊は薬師如来。境内には色々な観音像が250体以上並んでいる。
仲多度郡多度津町/第77番・桑多山道隆寺


●大師堂。
仲多度郡多度津町/第77番・桑多山道隆寺


●弘法大師像。衛門三郎は空海と再会し懺悔、謝罪をしている。
仲多度郡多度津町/第77番・桑多山道隆寺


●多宝塔。
仲多度郡多度津町/第77番・桑多山道隆寺




▲ 仲多度郡多度津町 ▲ 仲多度郡まんのう町 ▼ page end ▼
 仲多度郡まんのう町/満濃池ダムまんのういけダム 地図Trail-20221105
●天端から満濃池の眺め。池の東側(左)に国営讃岐まんのう公園、西側(右)に満濃池森林公園が広がっている。
仲多度郡まんのう町/満濃池


●金倉川に造られた土堰堤アーチ型ダム。飛鳥時代、讃岐国の国守・道守朝臣によって小規模な原形が創築された。
仲多度郡まんのう町/満濃池


●創築から110年後に堤決壊し、勅命にて派遣された空海(48歳)が再築した。写真は空海が儀式に使った護摩壇岩。
仲多度郡まんのう町/満濃池


●歴史の中で決壊と修復を繰り返し、昭和34年/1959年完成。昔は神野池、後に真野池、江戸中期より満濃池になった。
仲多度郡まんのう町/満濃池


●貯水量増加のため明治から昭和に嵩上げ工事が3回実施されている。現規模は堤高32m、堤長156m、天端幅20m。
仲多度郡まんのう町/満濃池


●右岸にある自然越流式の余水吐。取水は左に見える配水塔からだが往時は竪樋と底樋から水を流下させていた。
仲多度郡まんのう町/満濃池


●余水吐トンネル入口に「余水平安」の額がある。空海の時代は左岸の岩盤を砕いて水路を造り余水吐にしていた。
仲多度郡まんのう町/満濃池


●下流側の眺め。安政地震では底樋の石組みが緩み漏水して堤決壊した。修復では岩盤をくり抜いた底樋になった。
仲多度郡まんのう町/満濃池


●池を見守る満濃大師。空海による再築は総数38万人を要したとみられるが、空海の人徳で人々が集まった。 撮影地
仲多度郡まんのう町/満濃池


●天端の石碑色々。満濃池略史、真野池記碑(明治8年/1875年)。安政地震後の修復を記念して建立された。 略史拡大
仲多度郡まんのう町/満濃池


●松坡長谷川翁功徳之碑(明治29年/1896年)。長谷川翁は安政地震後の修復に私財を投じて貢献した。 拡大
仲多度郡まんのう町/満濃池


●金倉川沿岸用水改良事業の完成記念碑(昭和45年/1970年)。満濃池の水掛かり全域に用水配分が可能になった。 拡大
仲多度郡まんのう町/満濃池


●世界かんがい施設遺産登録碑(平成28年/2016年)。灌漑用ため池としては日本最大級貯水量にランクされる。 拡大
仲多度郡まんのう町/満濃池


●神野神社。満濃池を見守るように右岸の高台にあって、満濃池の守護神が祀られている。 撮影地
仲多度郡まんのう町/満濃池


▲ 仲多度郡まんのう町 ▲ page end

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